まゆまゆのべっぴんスタイル

べっぴん大使まゆまゆが思う「ニコニコべっぴんさん」とは? 看護師・しあわせを呼ぶ整理コンサルタントとしての多くの人との出会いと経験を基に、鎌田真司さんの人生スタイルも取り入れた「べっぴんさん」という新しい生き方…。楽しくそしてちょっとずつ善くなる右肩上がりの人生を送りたいあなたへ、少しずつ紐解いてお届けします。

♪僕がそばにいるよ
君を笑わせるから
桜舞う季節かぞえ
君と歩いて行こう♪

2003年12月に
ワーナーミュージックより
ミリオンヒットした「桜」
歌うのはシンガーソングライター
河口恭吾さん。

優しい歌声とメローな歌い方
彼の代表曲「桜」は
まさに居心地良い
心の奥の琴線に触れます

オーガニックフェス当日も
気持ち良い優しい歌声に
多くの人が魅了され
癒された時間でした。

河口...

実際お会いした印象
とてもとても穏やかで
温かく優しい人
「GAKU-MC」

GAKU-MCもそのメンバーの
ヒップホップユニット
「EAST END×YURI」

『DA・YO・NE-だよね-』
『MAICCA -まいっか-』

この曲は、ミリオンヒットとなり、
英語以外のラップによる
CD売り上げ記録として
ギネスブックにも掲載されています。

多くのミュージシャンと
コラボしている彼ですが、
CHEMI...

バースセンス研究所 代表
大葉ナナコさん。
妊娠出産のサポート全般を賄い
幸せなお産を増やすための
プログラムと教材の開発を
されています。

この方の凜とした美しさと強さは
本人が5児の母ということからも
正に幸せなお産の結果から来ている
そう思います。

バースセンス研究所の
*ミッション*
次世代のしあわせな妊娠出産、
希望あふれる子育てを支え、
いのちの力と喜びが
つながる社会の実現を目指します,...

有機農法の先駆者。
金子美登(かねこよしのり)さん
有機農業の第一人者として知られる人物
彼が化学肥料や農薬を一切使わない
有機農法を始めたのは1971年

国が減反政策を始めた当時
「とにかくおいしくて安全なものを作れば
食べてくれる国民みんなが支持してくる。
そうすれば我々農家もやる気を失わずに済む」
そう思い、有機農法を決意したという

彼の運営する霜里農場
30年の経験のなかで目にしたものは、
自然は「見事に循環している」ということ...

彼はこのイベントの
総合プロデューサー
四角(よすみ)大輔さん。

ワーナーミュージックの
元音楽プロデューサー
平井堅、絢香、superfly、MINMIなど
多くのアーティストを世に出し

CDだけでも2000万枚売り上げる
敏腕プロデューサーだった彼が
ある日、有機農業に出会うのです。

”地球の土に戻らない”
プラスティック商品を
売り続けてきたことに
違和感と不自然さを感じ
レコード会社を辞めてしまいます。...

フェスの代表であり発起人の一人、高橋優子さん。
特定非営利活動法人 生活工房 「つばさ 游」理事長。

埼玉県の西北に位置する比企郡小川町は、
自然豊かな山里。この自然がいつまでもと願い、
大好きなこの町のことをもっとよく知りたい、

どんな人が住んでいるのか、
買いたいものはどこに売っているのか、
どんなお店があるのか、
そんな情報を手に入れたい…

送り手と受け手の間を
情報が行き来する町であってほしい。
ふつうに暮らす町の人たちと、
自分...

世界的オーガニックタウン
”埼玉県小川町(おがわまち)
”有機の里”で開催される
オーガニックの祭典。

今年は9月9日、4回目の開催
東京→池袋→小川町…遠かった
電車に揺られる時間が好き♡
久しぶりにみさとちゃんと再会!

イベントは環境省の全面バックアップ
「つなげよう、支えよう森里川海」
森里川海をそのつながりとともに
豊かに保ち、その恵みを引き出すこと
そして一人一人がそれらを支えていく
社会の実現を目指しています。

...

「ゆいちゃん、
看護師さんに渡すんでしょ?」
ママがそう言いました。

自分の小さなリュックから
ミッキーとミニーの
封筒を取り出した
5歳のゆいちゃん

はい、これ。

開けてみると中には…
「ゆい」と自分の名前と
大きな♡が書かれていました

看護師さんに渡すって
何を書いてるのか
わからなかったんですけどね〜

すみません…
何も書いてないですね…
ママは恐縮そうです

いえいえ…...

ていねいだけど
軽やかな暮らしが
大好き♡

一日一日
一瞬一瞬を
生き抜く…

今日の、いまの私の
命(めい)をしっかりと
受け止めて「往く」
これに集中したい♡

今日も新しい皆様との
出会いがあります

人付き合いも
ていねいに
でも軽やかに…

別品の語源は
鰻屋「丸よ」が出した
看板『頗別品』
すこぶるべっぴんと
読みます。

江戸時代、江戸だけでも
400件以上あったとされる
鰻屋の中で
ここで作る鰻丼は
他の所に無い特別な品物
思いを込めて作る特別な鰻丼
として全国展開しました。

その後、全国的に
鰻丼と「別品」という
言葉が広まり

後に…別品は
「別嬪」となり
他とは違うキラリと光る
人にも使われる様に...